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母との関係性

これからは、度々内観ワークについてお話していこうと思う。 これらの課題は共通して多くの方が持っていると感じるからだ。 今日は母との関係性について深ぼってみようと思う。 私の母は私が小さい時から非常に人に対して依存的な人であった。 その母と2世帯で共に暮らすようになって28年が経ち、3年前に は父が他界した。母が一人になって3年の昨年末辺りから認知の 症状がちらほら出はじめた。そこで、母は次のような事を良く 言うようになる。 「私は大切にされていない。  おまえ(私)は、非常に強いから、怖い。  巧妙に自分の言う事を聞かせようとする。」 当然のことながら、日々お世話をしている私には、このような言動 は、「母は依存的で自分の事ばかりしか考えない!」 と私を怒らせる。 兎に角、母が嫌いで嫌いで、いちいちイライラするのだ。 さて、これでは毎日が楽しくない。日々、人とセッションさせて 頂いている私が、これでは本末転倒。いよいよ重い岩戸を開かねば! そこで、スタートは 母に対してイライラする

 何故なら 母は私に大変依存的であるくせに、  私に横暴だとか強いから口答えできない!といってくる」ここには 私のどんなパラダイム(感情奮起の種)がある? ☆2つの種が存在していると感じる 1.依存している(お世話になっている)人は、偉そうにしてはいけない。   感謝すべきだ! 2.「強い」という言葉に対して、強く反応する私は、頑張って強く在ろう   としている! という種が浮かんできた。今回はその2つがヒットしそうだと感じた。  私は一人っ子で、本当は決して強い人間ではないと感じる。しかし、母は 昔から、私に「自分は弱く他者に依存しないといけないから、不自由だ。 強く一人で生きていける人になりなさい。」と教えられてきた。当然私は 母に喜んで欲しくて、そのように頑張ったのだ。  なのに、こんなに頑張ったのに、今更「強くて駄目だ!」という言葉に 愕然としている自分がいた。 「強さは努力の結果なのに、それを責められる 理不尽さ」——頑張りを認めてほしいという気持ちが裏にある感じがした。

 

 また、「依存そのものが良くない」というパラダイム——私自身も誰かに 頼ることに、どこか抵抗があるということだ。これは母の強く在れという言葉 に対して自分が自分に課したルールだ。でもさ、本当にそうかな? それは本当かな?  本当は弱い咲子はこう叫んだ 「私は弱くて 強くなんかなりたくなかったのに、お母さんが喜んでくれると 思って頑張ったのに、頑張ったねぇって褒めて!私のこの愛を受け取ってぇ!」 と、ここまで来て私ははっきりと認識したし安心した。 私が母をきちんと大好きだった事、そして、ただその思いを受け取って欲しかった から、すごく頑張ったこと。めっちゃ良くやった咲子!偉いぞ咲子!(笑) 更に大切なのはここから。 「母がこの愛を受け取るか、受け取らないかは母の問題であって、私の 努力やこの純粋な愛ある在り方には一切無関係であるという事。私は 充分素晴らしく母を愛しているし、よくやっている。更には、私の夫や子供たち から受ける愛も、ただ素直に感謝して受け取ろう!」と、いう事だ。 ここまで来て、これからの自分の潜在意識がどのくらい書き換わるか?は未定 だけれど、また、1か月後でもその後の変化を語っていこうと思います。 長く読んでくれてありがとう。必要な方に届きますように。 #内観ワーク #母との関係 #個人セッション #おむすび事    

 
 
 

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